なかけんの歩み

NAKAKEN 60th aniversary

中村建設株式会社は、
おかげさまで60周年。
今までも、そしてこれからも。

1990 → 1999

(平成2年〜平成11年)

経営資源の劇的な応用

地中障害物除去工法
ウォータージェットによる「地中障害物除去工法」を開発し、中小企業庁長官賞を受賞した土木工事部。
その技術を耐震補強や洗浄工事にも応用し、飛躍を遂げた。

1992(平成4)年、完成工事高が200億円を突破し、右肩上がりの成長を続ける中建。1994(平成6)年には、異業種合同で開発したウォータージェットによる「地中障害物除去工法」が高く評価され、中小企業庁長官表彰を受けた。
阪神淡路大震災後、高速道路高架の耐震補強工事が増えたのを機に、このウォータージェットを橋脚の表面処理工法に応用。経営資源をほかのアプリケーションにも活かそうと思いついた発想もさることながら、失敗を恐れずやってみようという「やらまいか」に根付いたチャレンジ精神は中建の伝統と言える。

地中障害物除去工法優秀技術賞と
中小企業庁長官省表彰をW受賞

1989(平成元)年、土木工事事業部は浜北市の下水道工事でひとつの難題に直面していた。従来のオーケーモール工法で進めてきた工事が、地中にある大きな石に妨害されて、掘り進めることができないのだ。
 そこで、中建は住倉工業、オーム電機、東海アーバン開発と共同で研究開発協同組合「アクアテクロップ」を設立。高水圧を誇るウォータージェットを使っての「地中障害物除去工法」を開発したのである。
 これは、障害物に噴射して砕くという単純な技術ではない。障害物に沿って縦穴を空け、その穴からノズルを入れ、石の下の土を液状化させ、石を沈下させるという原理だ。補助金を利用し、ドイツのハミルマン車のポンプを入れ、地中カメラを作り、実用化のためのシステム設計を開始した。
 この「地中障害物除去工法」は、「平成5年度融合化成果表彰」に応募し、優秀技術賞と中小企業庁長官表彰をW受賞し、その成果は全国で認められることとなった。

優秀技術賞と中小企業庁長官表彰をW受賞し、表彰を受ける
優秀技術賞と中小企業庁長官表彰をW受賞し、表彰を受ける
そうだ、ウォータージェットを使おう!

1995(平成7)年の阪神淡路大震災の甚大な被害データから、建設省(現国土交通省)は高速道路高架の耐震補強工事を積極的に進める方針を打ち出した。高架を補強するには、古い橋脚と新しい橋脚をぴったり隙間なく付着させて、見た目も一体化させる必要があるため、古いコンクリートの壁面を粗面化しなければならない。焼津市片山の高架橋を工事することになった中建は、大きな面積の高架を前に、従来の手作業によるチッピング方式では効率が悪過ぎると判断。どうすればこの難局を乗り越えられるか、頭を抱えていた。
 当時、現場代理人だった関尚彦は、ふと思いついた。
 「そうだ、ウォータージェットを使おう!」
 たまたま、地中障害物除去の需要が減り、数千万円の機械が宝の持ち腐れと化していた。この技術開発の育ての親でもある田邊昌明室長に相談し、国交省が管轄する富士市の研究所で検証を重ねた。1500㎏fもの水圧は、橋脚の表面処理加工(下地はつり)に絶大な効果を発揮することが証明されたのだ。
 現場では、全員で知恵を出し合い、試行錯誤しながら1台のウォータージェットで工事を進めた。これまで経験がないことばかりなので、足場の組み方から慎重に検討する必要があった。当時は機械が故障すると、ドイツから部品を取り寄せないといけないため、時間も費用もかかったけれど、機械が進化した現在は、人手、工期、費用を大幅に削減する戦力として土木工事には欠かせない重用物である。
 「失敗は成功の母。みんなでやりながら、覚えていった気がします」と当時の課長、岡本秀美は振り返る。それからは、各社こぞってウォータージェットで耐震補強のコンクリはつり工事を始めたけれど、いちばん最初に応用したのは間違いなく中村建設である。

ウォータージェット使用状況
ウォータージェット使用状況
焼津市片山の高架橋工事現場(当時)の関尚彦
焼津市片山の高架橋工事現場
(当時)の関尚彦
経済資源を耐震補強工事や路面洗浄などに転用

さらに、ウォータージェットは、さまざまな使い方ができる。最大1500㎏fの水圧が、「洗う」「剥がす」「はつる」を可能にするため、公園や歩道のコンクリート、ビルの外壁洗浄、石、タイルの路面の洗浄などのほか、建築資材の錆、汚れ落とし、道路の白線剥がしにも応用。現在に至るまで大活躍している。
 2005(平成17)年、創立50周年事業の一環として、ボランティアで浜松アリーナの路面清掃を行ったことも記憶に新しい。
 水の力を応用し、地中障害物除去工法を開発し、さらにそのオリジナルの経営資源を耐震補強工事や路面洗浄などに転用したのは、やらまいか精神に基づく、中建伝統のチャレンジスピリッツである。

創立50周年事業の一環として、ボランティアで行った浜松アリーナの路面清掃
創立50周年事業の一環として、ボランティアで行った浜松アリーナの路面清掃

1990(平成2年)

2月1日
東海アーバン開発(株)の関連会社として、(株)佐藤商会スタート。

3月6日
(株)エリアシステムが発足。

6月16日
創立35周年(創業70年)記念式典挙行。

6月30日
第35期決算において、完成工事高150億円を突破。

10月6日
総合結婚式場岡崎出雲殿新築工事、150日間の工期で完成。

11月26日
中建共済会館「COSMOS」完成。

12月28日
中建グループのシンボルマーク決定。

中建共済会館「COSMOS」
中建共済会館「COSMOS」

1991(平成3年)

3月24日
「災害ゼロ」が1,000日に達成。

4月1日
静岡労働基準局長より3年間無災害記録証を授与される。
(株)佐藤商会から東海防災(株)に社名変更。
◇「大阪営業所」を開設。

12月6日
インドネシア研修生6名を受け入れる。

1992(平成4年)

1月22日
関連会社、東海プレコン(株)の工場が竣工。

6月30日
第37期決算において、完成工事高200億円を突破。

1993(平成5年)

5月7日
第1回社内技術発表会開催。

10月15日
(協)アクアテクロップの「地中障害物除去工法」が、静岡県ニュービジネス協議会主催のニュービジネス大賞を受賞。

1994(平成6年)

1月
大阪支店発足。

2月24日
地中障害物除去工法、「平成5年度融合化成果表彰」に応募し、優秀技術賞並びに中小企業庁長官賞を受賞
◇リフォーム・サービス課が、住宅リフォーム部(愛称なかけんハウジング)として、活動開始。

1995(平成7年)

3月20日
第6回浜松市都市景観賞を受賞。
静岡県立浜松技能開発専門校、浜松しみずビル、アルコモール有楽街

5月26日
中村信吾社長、(社)日本建設業経営協会監事に就任。

6月16日
創立40周年(創業75年)記念式典を挙行。

創立40周年(創業75周年)記念式典
創立40周年(創業75周年)記念式典
創立40周年(創業75周年)記念講演
創立40周年(創業75周年)記念講演

1996(平成8年)

11月12日
中村一雄会長逝去。

12月4日
故中村一雄会長(享年80歳)の社葬。

故中村一雄会長の社葬
故中村一雄会長の社葬

1997(平成9年)

7月
ISO認証取得を目標にキックオフ。

8月14日
浜名湖岸の埋立地(中開地区)よりコアジサシの雛10羽巣立つ(コアジサシの繁殖保護に協力)。

1998(平成10年)

9月25日
ISO9001(建築本部エコトピア室)、
ISO9002(土木本部土木部)の認証を取得。

ISO9001・9002認証取得
ISO9001・9002認証取得

1999(平成11年)

6月4日
本社・支店(名古屋・東京・大阪)全部門を対象に、ISO9001・9002を認証取得。

12月
中村社長、ISO14001環境マネジメントシステムを構築し、環境保全を積極的に推進すると宣言。